北摂会ほか

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ケーキ

 11月に入り更新が滞っていた。細々とでも続けることが大事と自分に言い聞かせている。10日は私の62歳の誕生日。前夜は鶴橋の店で、当日は自宅で共にケーキで祝って貰った。いくつになっても嬉しいものである。4日の土曜日は北摂会が千里中央で開催された。阪大歯学部関係者や北摂で開業されている同窓の集まりで年に一度、この季節にある。段々女性が増えてきた。私の近くの席は写真のような感じで女性3名中、2名は大学院生、1名は教員をされていた。T先生は院の4年で翌週に次週に公聴会があり、学位の発表をされるとのことで、昨日連絡したら無事終わり学位論文の作成中とのことだった。もう一人の院生は放射線科で、前のF教授と私は大学院の同期だという話をしたり、色々と繋がりを感じた。阪大歯学部は中之島時代より千里時代が長くなっている。そのことも驚きだが、毎回参加の歯科麻酔学講座N教授が中之島を知らないのは驚いた。知っているのは私だけだった。年も取るはずである。
 11日の土曜日は二学歯連絡協議会。府学歯と市学歯の交流を図る会で、これもこの季節開催される。今年は少し前に市学歯の指導者講習会に府学歯から3名に講師として来て頂いたのでさらに仲良く交流を深めることができた。私が理事になる前は仲の悪い暗黒時代もあったそうだが、今は本当に会長同士も理事もとても仲がいいと思う。

第81回全国学校歯科保健研究大会(青森)

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 10月26日・27日と第81回全国学校歯科保健研究大会が青森で開催された。飛行機で行けばさほど時間は掛からないが、飛行機が苦手な(というか生涯一度も乗ったことがない)私は、新幹線で行けることを幸いに電車で行こうと考えた。朝一番の新大阪発の新幹線に乗れば午後には新青森に着く。ところが今回は市学歯からポスター発表することとなり、11時45分までには展示を完了しないといけないということで、夜行バスに乗って東京に早朝に着き、始発の東北新幹線で新青森に向かうことにした。天王寺公園横にあるバス乗り場を21時15分に出発し、東京駅に5時15分に着いた。60過ぎて初めての夜行バスも自分でも苦笑したが、バスは空いていてさほど苦痛でもなかった。首枕は必須と朝のスタッフから聞いていたので持って行ったのは正解だった。

 10時過ぎに会場に着くと既に前夜から来られていたOBF高校の養護教諭H先生や飛行機で来られた市学歯のK先生、市教委のTさんの4人でポスターを貼り、展示物も机に置いた。今回O会長は都合で不参加となり、ポスターのことが一番気になっておられたと思うので、スマホで展示したポスターを撮りすぐにLINEで送信した。

 大会は例年と同じく、初日は基調講演(「健康長寿社会の実現に向けたライフコース・アプローチ」東北大学医学部 辻一郎教授)、シンポジウム(「歯・口の健康を支える摂食嚥下機能の正常発達」昭和大学歯学部 弘中祥司教授)、「学級担任として子供の発育を見据えた保健指導の在り方と可能性が広がるアクティブラーニング保健学習~自分の健康は自分で守れる子供の育成を目指して~」佐世保市立広田小学校 福田泰三教諭 ほか)の後、ホテルに移動して懇親会。顔なじみの多くの先生と交流が図れた。

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 終わってから市学歯の理事3名とOBF高校H先生、市教委Tさんで居酒屋「ねぶたの國たか久」に行った。津軽三味線の生ライブがあり、店のスタッフの女性3名がそれに合わせて踊ってくれるという楽しい店だった。

 翌日は領域別協議会で、私は小学校の学校歯科医だが、今回は昨年文部科学大臣表彰を受けられたOBF高校のH先生が発表されるので高等学校部会に出席した。OBF高校は800名を超す大規模校でありながら、ひとりひとり丁寧な保健指導を行い、何度も受診勧告をすることを、座長の東北大学の先生はとても評価されていた。昨年の実地審査やそのリハーサルで何度かお聞きした内容だが、何度聞いても素晴らしいと思えた。

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 せっかく青森まで来たので終わってからN先生と少しだけ観光もした。ねぶたの家 ワ・ラッセでは本物の賞を取ったというねぶたを見た。思ったより大きく迫力があった。私は一度も青森ねぶた祭を見たことがなかったが、展示を見て実際に大きな太鼓や笛の音を聞くとその雰囲気が少しだがわかった。もうひとつは青函連絡船の八甲田丸が実際に見ることができた。幸いなことに青森に行った二日間は天気はことのほか良く、温かく、空は本当にきれいだった。高校の修学旅行は東北・北海道で青函連絡船に乗ったので懐かしかった。青森駅で展示されている写真を見ながら昭和48年頃が乗客の全盛期と知り、修学旅行は昭和47年だったので活気のあった頃だったのかと思った。早く新青森駅に着いたので、予約の切符を早めに換えて貰おうと思ったら既に満席で2時間ほど時間ができたので、缶ビールを飲みながら予定の新幹線を待った。ここでも津軽三味線の音楽が流れ、なかなか風情があって楽しい時間を過ごすことができた。

九州歯科大学28期卒後37.5周年in東京同窓会

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 10/7(土)は午後から東京に向かった。いつもの日学歯ではなく、九州歯科大学28期卒後37.5周年in東京同窓会に出席するためであった。日学歯の時はさすがに行きは新幹線でビールを控えているが、今回は新大阪からビールを飲みながら本を読むという優雅な時間を過ごしながら東京に向かった。少しでも安く費用をあげようと浅草にある6,000円の素泊まりホテルをネット予約した。東京での移動もスマホで調べたら接続は簡単だが、降りてから歩いて目的地にいくのはそれほど容易ではなかった。それでも浅草から新宿の京王プラザホテルに無事ついて、集合写真にぎりぎりで間に合った。関東在住の同級生が6回ほど準備委員会を開いてくれた。我々の学年は5年ごとに同窓会を開催しているが、ぼちぼち物故者も出てきて、その間にも開催しよう!となり、今回は37.5周年となった。35周年は私が準備委員長となり大阪で開催されたが、あれからはや2年過ぎた。今回の準備委員長のM君はいつも大阪での素晴らしかった同窓会が見本になっていると嬉しいことを言ってくれる。恒例の病院での班ごとに舞台にあがり近況報告。いつの間にか学生時代に戻っていた。肩を組んでの校歌斉唱は、我が大学のどの同窓会でも恒例となっている。二次会は同じホテルのスカイラウンジ。さらに三次会は近くの居酒屋。四次会はラーメン屋で閉めた。

 翌朝はバスツアー。皇居散策、アサヒビールフラムドール、浅草寺・仲見世通り散策で私は分かれた。他のメンバーはこの後、スカイツリーと屋形船に乗った。皇居は日学歯の総会の時に少しだけ行ったが、今回は90分も歩いた。江戸城の石垣は大阪城のとは違い、やけに四角い石を使っていた。アサヒビールフラムドールのお昼のビールはよく回った。楽しい同窓会だった。卒業時は確か104名だったと思うが、既に9名の物故者がいるので、今回の出席は51名だったので半数以上が参加という驚異の?出席率だった。

3人家族

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 9月も終わりに近くないすっかり涼しくなった。1ヶ月前とは大違いである。ひかりテレビで面白いドラマを見つけた。「3人家族」はTBS系列の「木下恵介アワー」の第4弾で、1968年 - 1969年に放送されたテレビドラマで、シリーズ中、歴代No.1の最高平均視聴率の作品となり、優秀映画鑑賞会推薦とされている。私が中学校1年から2年にかけた頃で残念ながら見た記憶は全くない。兄(竹脇無我)、弟(あおい輝彦)、父(三島雅夫)の男ばかり柴田家の3人家族と母(賀原夏子)、姉(栗原小巻)、妹(沢田雅美)の女ばかりの稲葉家の3人家族の二つの家族が繰り広げる人生ドラマ。もう49年も前のドラマになるが、私には当時の社会を思い出させてくれる懐かしさと今の時代にない新しさを感じさせてくれる素晴らしいドラマだった。残念ながら既に竹脇無我と三島雅夫と賀原夏子は故人になっている。菅井きんが柴田家の家政婦役として登場するがお腹を抱えて笑うほど可笑しかった。また鶴田忍はミナミの帝王でも悪役で登場するが、若かりし頃の姿を初めて見た。固定電話が初めて柴田家についた、大学の入学祝いにステレオを買ってもらった、会社が終わって飲みに行く約束をしても6時半で大丈夫・・など時代を感じさせる。聞こえてくる音楽は、ピンキーとキラーズの「恋の季節」、水前寺清子の「365歩のマーチ」など当時の歌が懐かしい。30分ドラマだったが内容が濃く、全26話を一気に見てしまった。

生野工業高校実地審査

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 大阪市立生野工業高校が今年度全日本学校歯科保健優良校表彰優秀賞(文部科学大臣表彰)候補校になり、その実地審査が14日(木)に実施された。昨年の大阪ビジネスフロンティア(OBF)高校に続き、大阪市立の高校が2年続けて文部科学大臣表彰受賞という快挙である。朝の登校風景から視察するので、8時までに学校に集合することとなり、私は歩いて行った。初めて行く学校だったが事前に大体の場所を調べて行ったのですぐに分かった。だいぶん早く着いたので学校のすぐ近くにある市学歯のO会長の診療所も初めて見た。日学歯からH副会長、S常務理事の二人が審査委員として来られた。市教委からもM課長代理、N指導主事、H担当係長、T担当係長の顔染みの4名が来られた。市学歯からはO会長、N副会長、H常務理事(生野区支部長)と私の4名。学校関係者として学校歯科医のY先生、I校長、N教頭、O保健主事、N養護教諭、PTA会長、PTA予算会計委員長の7名が出席された。

 市教委のN指導主事も早く来られたので、待っている間に校内に立っている看板に気付かれて私に教えて下さった。「大阪慈恵病院跡」と書いてあり、読むと明治21年に恵まれない人々の医療施設として創設され、最初は東区にあったが、大正13年に現生野工業高校の地に移され、病院は大正2年に弘済会に引き継がれ、さらに昭和19年に大阪市に接収されたが、昭和20年の戦災で消失し今は吹田市の市立弘済院附属病院となっていると書いてあった。

 登校風景は視察のことは生徒には話していないと先生は言われていたが、私たちに「おはようございます!」と元気よく挨拶をしてくれた。会議室で学校紹介をして頂いた後、学校施設を見て回った。昨年のOBF高校は新しくできた校舎だったが、生野工業高校は昭和の匂いのする歴史を感じさせる建物で、私はなぜかホッとした。工業高校らしく、旋盤や溶接の作業場もあり、生徒たちは作業着を着て、先生から実習の指導を受けていた。教頭先生は、いつもこのように少人数で実習をするのでコミュニケーション能力が付き、レポートを作成することで文字を書くという習慣が身に付、すぐに就職しても大学生より優れているという声を企業から聞くと嬉しそうに話された。ソーラーカーレース鈴鹿に機械工作部は参加しており、乏しい費用の中から作られたソーラーカーを見せて貰った。日学歯のH副会長とS常務理事は運転席に楽しそうに乗られた。その様子を3階の校舎の窓から生徒が物珍しそうにこちらに手を振ったので、校長先生が「ちゃんと勉強してるかぁ?」と親しみを込めて話し掛け、ほのぼのとしてとても良い雰囲気だった。このレースは毎年暑い夏に開催されるとのことで学校から資料として頂いた「創建」の冊子にも載っていて、この年はドライバー二人で9位という成績を残したと書いてある。身近にソーラーカーを見たのは初めてで、「ものづくりは人づくり」だとつくづく感じた。運動場は市内の高校なのでさほど広くなく、それでも硬式野球部は強く、府の予選ベスト8に残ったこともあり、かつてはプロ野球に行った卒業生もいると聞いた。

 会議室に戻り、N養護教諭から「学校保健活動、歯・口の健康づくりについて」を聞いた。校章に「歯」車があるという話からはじまり、学校保健活動の紹介、死ぬときに後悔すること25の中に「健康を大切にしなかったこと」と「美味しいものを食べておかなかったこと」が歯・口の健康に関わるという話、本校生徒の歯科保健の状況、学校種別の課題(高等学校)、ほけんだより卒業号、3年生T君の事例紹介、これから取り組んでいきたいことを笑顔でユーモア溢れる話をして下さった。ご自身の6年前の大晦日の夜、ポンカンを食べていて上顎左側中切歯が破折して、大阪府歯科医師会夜間緊急歯科診療所に行かれて50人も患者さんがおられて大変だったという話もして下さった。現在はインプラントになっているとのこと。学校歯科医のY先生からは、検診に初めて行ったとき、不安だったが「ありがとうございます。」と礼儀正しく話してくれたことを紹介された。その話を校長先生は嬉しさをかみしめながら、優しい笑顔で聞いておられたのが印象的だった。登校風景を見た際に、遅れてきた生徒に自転車の止め方が悪いと厳しく言われた先生もおられて、優しさと厳しさ、両方を見せて頂いた。

 最後はH副会長とS常務理事が指導・講評をされた。学校内の水洗場が少ないことが気になるという話が出て、昼食後の歯みがきはなかなかできないという問題点があった。新しい校舎ならともかく、古い校舎なら仕方ないと思うが、工夫をして欲しいと言われた。校門を出ても校長先生らは私たちをずっと見送って下さった。
プロフィール

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Author:momochikanon
大阪・天王寺で開業している歯科医師のブログです。天王寺区歯科医師会、大阪市学校歯科医会、九州歯科大学大阪府同窓会、などで知り合った方々との交流を第一に考え、趣味でフランス語を勉強しています。(仏検2級)家族は家内、娘二人、孫一人です。

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