生野工業高校実地審査

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 大阪市立生野工業高校が今年度全日本学校歯科保健優良校表彰優秀賞(文部科学大臣表彰)候補校になり、その実地審査が14日(木)に実施された。昨年の大阪ビジネスフロンティア(OBF)高校に続き、大阪市立の高校が2年続けて文部科学大臣表彰受賞という快挙である。朝の登校風景から視察するので、8時までに学校に集合することとなり、私は歩いて行った。初めて行く学校だったが事前に大体の場所を調べて行ったのですぐに分かった。だいぶん早く着いたので学校のすぐ近くにある市学歯のO会長の診療所も初めて見た。日学歯からH副会長、S常務理事の二人が審査委員として来られた。市教委からもM課長代理、N指導主事、H担当係長、T担当係長の顔染みの4名が来られた。市学歯からはO会長、N副会長、H常務理事(生野区支部長)と私の4名。学校関係者として学校歯科医のY先生、I校長、N教頭、O保健主事、N養護教諭、PTA会長、PTA予算会計委員長の7名が出席された。

 市教委のN指導主事も早く来られたので、待っている間に校内に立っている看板に気付かれて私に教えて下さった。「大阪慈恵病院跡」と書いてあり、読むと明治21年に恵まれない人々の医療施設として創設され、最初は東区にあったが、大正13年に現生野工業高校の地に移され、病院は大正2年に弘済会に引き継がれ、さらに昭和19年に大阪市に接収されたが、昭和20年の戦災で消失し今は吹田市の市立弘済院附属病院となっていると書いてあった。

 登校風景は視察のことは生徒には話していないと先生は言われていたが、私たちに「おはようございます!」と元気よく挨拶をしてくれた。会議室で学校紹介をして頂いた後、学校施設を見て回った。昨年のOBF高校は新しくできた校舎だったが、生野工業高校は昭和の匂いのする歴史を感じさせる建物で、私はなぜかホッとした。工業高校らしく、旋盤や溶接の作業場もあり、生徒たちは作業着を着て、先生から実習の指導を受けていた。教頭先生は、いつもこのように少人数で実習をするのでコミュニケーション能力が付き、レポートを作成することで文字を書くという習慣が身に付、すぐに就職しても大学生より優れているという声を企業から聞くと嬉しそうに話された。ソーラーカーレース鈴鹿に機械工作部は参加しており、乏しい費用の中から作られたソーラーカーを見せて貰った。日学歯のH副会長とS常務理事は運転席に楽しそうに乗られた。その様子を3階の校舎の窓から生徒が物珍しそうにこちらに手を振ったので、校長先生が「ちゃんと勉強してるかぁ?」と親しみを込めて話し掛け、ほのぼのとしてとても良い雰囲気だった。このレースは毎年暑い夏に開催されるとのことで学校から資料として頂いた「創建」の冊子にも載っていて、この年はドライバー二人で9位という成績を残したと書いてある。身近にソーラーカーを見たのは初めてで、「ものづくりは人づくり」だとつくづく感じた。運動場は市内の高校なのでさほど広くなく、それでも硬式野球部は強く、府の予選ベスト8に残ったこともあり、かつてはプロ野球に行った卒業生もいると聞いた。

 会議室に戻り、N養護教諭から「学校保健活動、歯・口の健康づくりについて」を聞いた。校章に「歯」車があるという話からはじまり、学校保健活動の紹介、死ぬときに後悔すること25の中に「健康を大切にしなかったこと」と「美味しいものを食べておかなかったこと」が歯・口の健康に関わるという話、本校生徒の歯科保健の状況、学校種別の課題(高等学校)、ほけんだより卒業号、3年生T君の事例紹介、これから取り組んでいきたいことを笑顔でユーモア溢れる話をして下さった。ご自身の6年前の大晦日の夜、ポンカンを食べていて上顎左側中切歯が破折して、大阪府歯科医師会夜間緊急歯科診療所に行かれて50人も患者さんがおられて大変だったという話もして下さった。現在はインプラントになっているとのこと。学校歯科医のY先生からは、検診に初めて行ったとき、不安だったが「ありがとうございます。」と礼儀正しく話してくれたことを紹介された。その話を校長先生は嬉しさをかみしめながら、優しい笑顔で聞いておられたのが印象的だった。登校風景を見た際に、遅れてきた生徒に自転車の止め方が悪いと厳しく言われた先生もおられて、優しさと厳しさ、両方を見せて頂いた。

 最後はH副会長とS常務理事が指導・講評をされた。学校内の水洗場が少ないことが気になるという話が出て、昼食後の歯みがきはなかなかできないという問題点があった。新しい校舎ならともかく、古い校舎なら仕方ないと思うが、工夫をして欲しいと言われた。校門を出ても校長先生らは私たちをずっと見送って下さった。

ミナミの帝王「トイチの身代金」

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 診療所にひかりTVを入れてから「ミナミの帝王」をよく観ている。先日観た「トイチの身代金」では今は跡形もない「フェスティバルゲート」が出てくる。調べたところ、できたのが20年前の1997年(平成9年)7月。終わったのが2007年とわずか10年の命だった。負債のうち200億円を大阪市が負担したというのだから、一体どういう経営方針だったのか当時の責任者に聞きたいくらいである。もし今もあれば、ハルカスとの相乗効果できっと人気スポットになったにと、残念に思う。私が当時一番疑問に思ったのは、施設の回りをガードマンが縦に列になってぞろぞろと歩いている事だった。何の意味があるのか?この人件費だけでも凄いだろうと心配に思った。初年度は入場者数831万人とまずまずの成績を上げながら、4年後には300万人まで落ち込み、たった10年で営業は終了した。

 「トイチの身代金」は、2000年の作品なのでまだフェスティバルゲートが全盛期だった頃で、貴重な映像になる。偽装誘拐事件の舞台となるのだが、犯人から誘拐された子どもの母親にまず指示が来るのが、天王寺駅前の歩道橋。この歩道橋も現在のとは違う、懐かしい物である。市大病院側に降りろとまた指示があり、アポロやルシアスの横を母親が歩いて行く。反対側の建物も今は新しいホテルに変わっている古い建物の看護学校で、10数年で随分と天王寺駅周辺の雰囲気も変わったことに気付かされる。途中、横断歩道を渡り、環状線の踏切を越えるように指示があり、フェスティバルゲートにたどり着く。身代金2000万円の受け渡しは、トイレの中で母親が入ると隣のトイレの上からこの中に身代金2000万円を入れろと書いた袋がするすると降りてくる。

 「ミナミの帝王」の中でも異色の映画だと思う。萬田銀治郎が主役には違いないが、借金のある母親(堀ちえみ)の小学生の娘(政田鈴加)と、かつては弁護士だったが今は詐欺師まがいの事をしている男(綾田俊樹)の二人がこのドラマの主役である。特に子役の娘が上手い。大阪の女の子を見事に演じている。「おかあちゃんは、借金のために、好きでもない男とデートせなあかんねん。うちそんなおかあちゃんを見るのんが嫌やねん。」

 そもそも二人の出会いは、母親が夜の仕事に出たので、寂しさからコンビニで万引きをして店員に捕まった娘を元弁護士が助けるところから始まる。元弁護士のアパートに連れて行き、親しくなった頃に、お互いに借金があることから、娘の同級生の歯科医の息子の家からお金を取ろうと計画する。さきほどのトイレでのお金の受け渡しは娘がやったのだ。

 私の中ではこの作品が「ミナミの帝王」の数多くの作品(全て観た訳でもないが・・)の中でもベストだと思う。

社会見学会

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 はや9月になった。今年も3分の2が終わった事になる。先週は3日続けて市学歯の事業があり、なかなかハードだったが楽しい3日間だった。最終日、2日の土曜日は社会見学会で「山本能楽堂」に行った。5月に一度下見に行ったが、今回は60名ほどの会員が参加されて、数人は舞台に上がって能面や雅楽の体験をしたり、能について解説もして頂いた。今回も下見の時と同じ演目は「羽衣」。昔話にある羽衣伝説をもとにした能で、漁師が松の枝にかかった美しい羽衣を見つけ、返して欲しいという天人に舞を見せてもらう代りに羽衣を返すという話。解説の山本章弘氏が、皆さんは小学校の校歌を覚えておられると思いますが、大概7・5調で当時意味は分からなくても聞いて覚えていくものだと言われ、この羽衣の歌もそのようなものだろうと思った。同じく解説に能の歴史を山本氏に聞いたが、室町時代に始まるという。本当に恥ずかしいが私は古典芸能には全く興味がなくこれまで生きてきたが、今回の能楽堂体験は面白かった。昔はゴルフをする代りに、能楽は旦那衆が楽しんでいたらしい。

 終わってから懇親会が能楽堂から歩いて数分のところにある「湖陽樹」(こようじゅ)というビルの16階にある中華料理店で開催された。6つの円卓に別れて座った。これも楽しかった。他支部の先生と最初は硬い雰囲気だったが、お酒が入ると皆さん饒舌になり、楽しい雰囲気になった。副会長がひとりしか居らず、なぜか私が閉会の辞を述べることになり、ぜひ来年の社会見学会もご参加下さい。(本当は気をつけてお帰り下さいと言うべきところを・・)このまま真っ直ぐお帰り下さい、と言った。心温まる懇親会だった。 その余韻のまま、市学歯理事有志で二次会に行った。本当は帰るつもりが、事務局のIさんからメールで連絡があり、今難波のビックカメラ裏で飲んでますというので、谷町9丁目で降りて、難波に向かった。何度か行ってる「HUBなんばダ・オーレ店」でここでもまた更に盛り上がった。この日は大阪歯科大学同窓会の集まりが6時からリーガロイヤルホテルであり、能楽堂だけ参加されて、懇親会は欠席の先生も多かったが、H常務理事はリーガロイヤルホテルが終わってから難波に来て下った。やはり市学歯の理事との飲み会は楽しい。

貴重な写真

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 お盆休みも終わった。休み中は特に遠出もせずにゆっくり過ごせた。ちょうど実家の作業を父とやっていたら、妹が昔の写真があったと教えてくれた。写真の日付は1981(昭和56)年8月13日となっており、36年前、私が26歳の時のもので、中学・高校の親友M君と一緒に八ヶ岳に登った時の写真だった。今のスマホの写真と違い、色あせているがなかなか貴重である。どのようなルートで登ったかも全く記憶がない。ちょうどこのお盆休みの間にM君と会った。谷町9丁目の居酒屋でこの写真一枚で大いに盛り上がったことは言うまでもない。それしても私は今より痩せているし、髪の毛が多い。私は大学院の2年生、M君は社会人3年目だった。まだお互いに独身で、夏休みには山登りを楽しんでいた。八ヶ岳の他に北岳、白馬岳、白山など一緒に登った山の数は多くないが、楽しい思い出である。

 ちなみに最後に二人で夏山に登ったのは2000年頃の御嶽山でこのときは当時中学3年生だったM君の息子さんも一緒に登り、三人の中で一番の健脚振りだった。その後は御在所岳に3回、M君と一緒に登ったが、昨年の秋に登った時はとても恐く、また辛かったことも記憶に新しい。昨年暮れに近鉄百貨店で登山靴のバーゲンがあり思わず購入し、年明けのとても寒い日に、午後から生駒山に登ったのが今年唯一その靴を履いての山登りという寂しい状況である。生駒山なら家からの交通の便も良く、簡単に登れるのでぜひまた行きたいと思う。

高校野球

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 8月になった。連日の猛暑で外を歩くだけで汗が噴き出てくる。7日からはこの暑さの中、第99回全国高等野球選手権大会が甲子園球場で開催される。小学校5年の頃、昭和41年の決勝戦、松山商業の西本と中京商業の加藤との投げ合いを見たのが最初で、その後中学1年の昭和43年の決勝、興国と静岡商戦、中学2年の時は三沢と松山商の延長18回、0対0での再試合と昭和60年頃まではとても興味を持っていた。やがてそれほど試合を見ることもなくなっていた。それでも松坂大輔や田中まー君や斎藤ハンカチ王子などは記憶に新しい。大阪は大阪桐蔭が3年振りの出場。しかし大阪府の地区予選決勝戦では公立の星、府立大冠高校に途中リードされる展開となり、9回で6点差を2点差まで詰め寄られ、かろうじて10対8で出場を決めた。初めて大冠高校の試合を見たが、ひたむきに練習をして、打倒私学をスローガンに、実にきびきびとしたプレーだった。平成2年の府立渋谷高校以来、公立高校が大阪の代表になっていたかも知れない。

 その数日前、福岡県の決勝戦では東筑高校と春の選抜ベスト8の福岡大大濠が戦った。見事県立の東筑が6回目の夏の甲子園出場を決めた。福岡県は正に文武両道の県立高校が多く、私が九州歯科大学に行ってた頃の昭和53年には東筑高校が夏の甲子園に、小倉高校が同年の春の選抜に出た記憶がある。東筑高校はこれまでの夏の甲子園5回出場のうち、3回エースが石田という名前だったが、今回もエースは石田というらしい。これも伝説になっている。今年は東筑高校が出ることでまた興味を持ってみることができそうだ。

 アマゾンプライムの映画「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」を見た。弱体の都立程久保高校野球部に病気の女子マネージャーの代りに入部した主人公みなみ。小学校の頃に少年野球のチームに入って活躍していたという経歴があるが、高校になると女子は甲子園には出ることができないと知り、そのうちに辞めてしまっていた。それでも「甲子園へ連れて行く」と部員の前で豪語する。書店で間違って紹介された「マネジメント」の本を読んで、その教えを野球部で実践していく。名前が知らないが、どこかで見た若手の俳優が何人も出ていて、楽しかった。みなみも後から前田敦子だと知った。監督は大泉洋。みなみの教えに感化を受けて段々監督らしくなっていく。以前ここで取り上げた「フレフレ少女」は応援団員が主人公で高校野球の予選で優勝して甲子園に行ったが、程久保高校も最後は劇的な勝利で常連校に勝って甲子園への切符を手にする。
プロフィール

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Author:momochikanon
大阪・天王寺で開業している歯科医師のブログです。天王寺区歯科医師会、大阪市学校歯科医会、九州歯科大学大阪府同窓会、などで知り合った方々との交流を第一に考え、趣味でフランス語を勉強しています。(仏検2級)家族は家内、娘二人、孫一人です。

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